「全部、部下に任せていた」
「私は知らなかった」
トラブルが発生してからこのようなことを言っても、経営者の法的責任を免れさせてくれることはありません。
特に、取締役には会社法上の明確な責任が課されています。
その中心が、会社法第423条に定められた「任務懈怠責任」です。
本稿では、経営陣が知らずに踏み越えてしまいがちな責任のラインと、 それを未然に防ぐための実務上のポイントを解説します。
1. 任務懈怠責任とは
会社法第423条第1項では、次のように定められています:
取締役は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
ここでいう「任務」とは、法令・定款の遵守はもちろん、善管注意義務や忠実義務を指します。
取締役の義務の基本的な枠組みは、会社法第330条によって、民法の委任に関する規定が準用されていることにもとづいています。
会社法330条:株式会社と役員との関係は、委任に関する規定に従う。
このため、取締役には、民法上の委任契約に基づく善良な管理者の注意義務(善管注意義務)が当然に課されており、 「知らなかった」「気づかなかった」では済まされない厳格な責任が求められます。
■ 例:
- 税金を滞納していたのに放置した
- 売上見込のない事業に過剰投資した
- 社内で横領が行われていたのに監視体制を整えていなかった
いずれも「故意」ではなく「過失」であっても、取締役の責任が認められる可能性があります。
2. 実務でよくある責任追及の場面
【代表取締役と他の取締役で異なる責任範囲】
代表取締役は、会社の業務執行の中心に立つ存在であり、意思決定の主導者としての重い責任があります。 一方、他の取締役は、自己の担当分野の管理・監督に加えて、代表取締役の業務執行に対する監視義務を負っています。
会社法362条第2項に基づく取締役会の権限(業務執行の監督)により、特に取締役会設置会社において明確です。
したがって、代表取締役による違法または不適切な意思決定を、他の取締役が放置していた場合でも、任務懈怠が成立する可能性があります。
■ たとえば:
- 管理部門を統括していた取締役が、長年にわたり粉飾を見逃していた
- 経理部の報告書を確認せず、架空取引に気づけなかった
- 代表取締役が独断で高額な取引を進めていたが、取締役会で何ら是正措置を講じなかった
これらはいずれも、「経営判断の失敗」では済まされず、業務監視を怠った任務懈怠と評価される余地があります。
【経営判断が責任追及の対象となることも】
一定の合理的な判断を経た結果であれば、後に損失が生じたとしても責任を問われない場合があります。これは「経営判断の原則(Business Judgment Rule)」と呼ばれるもので、
- 通常の経営者が有するべき知見及び経験を基準に
- 十分な情報収集を行い、
- 合理的な判断プロセスを経て行動した
といった条件を満たせば、結果的に損失が出たとしても、違法とはされません。
しかし裏を返せば、「プロセス」が曖昧だったち不合理な判断がなされた場合には、この原則は適用されず、過失責任を問われることになります。
3. 任務懈怠を回避するためのポイント
【その一】職務分掌の文書化
- 業務範囲・権限を文書で明確にし、職責の所在を可視化する
- 後から「誰が何を担当していたか」が示せるようにしておく
【その二】金融・事業の戦略性を記録に残す
- 銀行対応・役員報酬・貸付など、リスクが生じやすい意思決定は、稟議書や議事録に記録
- 「考えていた」の証拠を保存
【その三】D&O保険の正しい理解
- 役員賠償責任保険(D&O保険)は、任務懈怠に基づく賠償請求への備えとなる
- 「あてにする」のではなく、「責任を認識した上で第三防衛線として活用」する
4. まとめ:やるべきことを実行することが責任追及の予防になる
- 取締役には、単なる「形だけの役職」ではない「法的責任」がある
- 意思決定や監視を怠れば、たとえ放置であっても責任を問われる
- 代表取締役でなくても、監視義務違反により責任を負うリスクがある
- 「よくわからない」「導かれるがままに」という姿勢は危険
最終的に、自分の立場と職務は、知識や責任感なしに務まるものではありません。
企業の持続性と未来を守るために、「第一防衛線」としての責任を見直してみてはいかがでしょうか。
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